CREATORS

Creators Voice

カリグラファー 白谷 泉

Izumi Shiratani
Calligrapher
#001

見る人の心の琴線に触れる
ライン(線)を求めて……

かの有名なアップルの創業者スティーブ・ジョブズは若かりし頃「意味がない」と中退した大学に忍び込み、カリグラフィーの授業だけは受け続けたといいます。そしてその10年後、世界で初めて美しい書体を搭載したmacを生み出したのです。文字はあらゆる文化や芸術に通じる人類のレガシー。その深淵なる世界に魅了されてしまった人物がここ日本にも。本場イギリスでカリグラフィーの神髄を学んだ白谷泉さんに、その魅力の秘密を聞きました。

撮影:椿孝 文:香取ゆき

― 白谷さんがカリグラフィーに目覚めたきっかけを教えてください。

もともと絵を描くことやグラフィックデザインに興味があり、大学時代はシルクスクリーンの教室に通っていたのですが、そこで偶然カリグラフィー作品と出会う機会がありました。シンプルな作品でしたが、手書き文字のあまりの美しさに感動して、体が一気に熱くなって。その日にカリグラフィーを学べる教室を探しました。子供の頃から書道を習っていたので、無意識に文字に対する特別な関心はあったのだと思います。

大学卒業後は広告会社に就職をしました。制作側ではなく営業側でしたが、クリエイティブな現場の近くにいられることはとても楽しかったし刺激的でした。制作側と発注側、両者の気持ちを理解して折り合いをつけるという作業は、現在カリグラファーとして仕事をする上でも役立っているように思います。当時は働きながらカリグラフィーも習い続け、数年後には週末にアシスタントで講師をするようになりました。上司も黙認してくれて(笑)。

― 自分の教室を持つようオファーがあったそうですが、それを断ってイギリスに留学をされたのはなぜですか?

文字には長い歴史があり、書体ごとに時代背景も異なります。お手本通り正確に書くことは出来ても、手書き文字の土台となる歴史的な知識が曖昧のまま講師になってはいけないと強く思いました。生徒さんからの素朴な質問に確信を持って答えられていない自分に気がつき、やっとそこで「カリグラフィーとは何か」という、本当の意味でのスタート地点に立つことが出来たのだと思います。

そして会社を退社、ロンドンのローハンプトン大学の入学許可を得て渡英しました。ところがその1ヶ月後、入学予定だったカリグラフィー学部が突然閉鎖になってしまったんです。何らかのトラブルは覚悟していましたが、そう来たか・・という感じでしたね(笑)。周囲の方のご協力もあり、イギリス南部にあるイースト・サリー・カレッジにもカリグラフィーの学部があると知りました。ちょうどその頃にロンドンで卒業制作展があり、行ってみたらこれが素晴らしかった。会場にいらしたカリグラフィーの先生にその場で入学を直談判していました。

― イースト・サリー・カレッジではどんなことを学ばれましたか。

一番驚いたのは教え方の違いでした。ある書体の練習を始める時、日本だったら先生がまずお手本を示します。もちろんその方法が悪いわけではなく、むしろ確実な方法だとは思います。でも私がイギリスで受けた授業は、カリグラフィーとの向き合い方が根本的に違いました。まずその書体の写本資料を自分で探してくるところから始まります。そして文字の角度や字幅などを丁寧に分析、模写を通してその書体の特徴や歴史的背景を学びます。実はこの過程がとても大事。そして最終的に現代に合う形にアレンジしていきます。書体の土台部分を押さえているからこそ応用が出来るのです。今まで感じていたモヤモヤが次々と晴れていきました。

西洋紋章に関する授業もありました。カリグラフィーは写本の文字をルーツとしていますが、写本の装飾部分を眺めていると紋章に関連した絵柄がたくさん登場します。そのためかイギリスのカリグラファー達は自然に紋章に興味を持つのだと思います。西洋の紋章は一定の階級以上の個人が所有出来るもので、イギリスでは「紋章学」という学問もあるほど大切にされている文化です。このカレッジに入った事で期せずして西洋紋章の世界を知ることも出来ました。

― カリグラフィーを学ぶならやはり留学した方がよいですか。

私の時代と違って、現在は日本でも深く学べる環境が整っていますので、そうとも言い切れないと思います。また毎年のように海外の著名なカリグラファーが日本に教えに来てくださいます。日本人は真面目で技術も高いので、海外の人にとっては教え甲斐があるようです。

残念ながら私がイギリスにいた時代に存在したカリグラフィー学部は閉鎖されたり縮小されたりしています。コンピューターの時代になって、学問としてカリグラフィーを学びたいという学生が減っているからかもしれませんね。留学とまでは言わなくても、是非機会があればカリグラフィーの歴史を感じられる場所へ実際に行ってみることをおすすめします。修道院を訪ねたり、本物の写本を眺めたり。リアルな体験をすることで文字に対する考えや、文字を書く時の気持ちが変わります。

気持ちのこもったカリグラフィーは、それだけで人に感動を与えます。人の温もりが感じられ、そこに綴られた言葉は見る人の人生に共鳴して、何かを訴えかけたり、癒しを与えたり。言葉には力がありますので、どう表現するかの責任も大きいですね。言葉そのものの意味だけではなく、その言葉の奥に秘められた気持ちまで伝えられるような表現が出来たらといつも思っています。

― 海外で働いてみて、外国人カリグラファーから刺激を受けたことはありますか。

海外には素晴らしいカリグラファーがたくさん活躍していますので、刺激は常に受けています。と同時に、普段から漢字やカタカナ、平仮名を使いこなす日本人も、西洋人があこがれるほどの器用さと感性を持っていて、日本人が刺激を与えていることも事実です。

私たち日本人の弱点は、アルファベットが母国語ではないために、どうしても文字の形にばかり気を取られて書いてしまうことです。例えばforeverという単語であれば、fとoとrとeと・・ひとつひとつの文字をお手本通りに書こうとしてしまう。2つのeは同じ形でないといけないと思いがち。海外の人にとってforeverはforever。文字の集合体ではなく生活に根ざした言葉そのもの。自然に読めることが大事なんです。手書きで書かれた言葉の視覚的な魅力は、ひとつひとつの文字を完璧に書くことではなく、人の目に自然に映るもの。そこで初めて見る人の心に言葉が響くのだと思います。

カリグラフィーデザイン例
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